躁的防衛とは?無理に明るく振る舞ってしまう心理と抜け出す方法

2026年08月21日

はじめに:明るく振る舞っているけど心が苦しいあなたへ

「悩みがなくていいね」と言われるたびに、本当はつらい自分との落差に戸惑うことはないでしょうか。いつも笑顔でポジティブでいることは、それ自体は素敵なことです。しかし、その裏でご本人が苦しさを抱え続けている場合には、早めの対処が必要になります。

明るく元気な自分でつらさを乗り越えようとする心の動きには、「躁的防衛」という防衛メカニズムが関わっています。仕組みを知ることで、無理に明るくしなくてよいのだと気づき、心が軽くなっていきます。

【執筆者】

綿貫カウンセラー養成スクール株式会社綿貫智香

綿貫カウンセラー養成スクール株式会社
代表兼講師

綿貫 智香

作業療法士(OT)、キャリアコンサルタント
量子・感情エネルギー変換メソッド®認定講師、DiSC認定講師他

「現実に変化を起こすカウンセラー」として多くの受講生から支持され、リピート指名多数。
自身が副業から自宅サロン経営を成功させたビジネスの知識・ノウハウを駆使し、幸せで豊かなカウンセラーを増やすため、カウンセラー起業・独立開業支援に力を入れている。

この記事のポイント

  • 「明るい私」の裏にある躁的防衛という防衛機制の仕組みがわかる
  • メラニー・クラインの愛着理論から、抑うつポジションで感じる3つの痛みがわかる
  • 恋人・親子・夫婦の具体例から躁的償いのパターンが読み解ける
  • SNSや職業役割が躁的防衛を助長する社会的背景がわかる
  • 痛みに向き合うことで人間関係が豊かになる実践的な視点が学べる

第1章:躁的防衛とは何か|明るさで脆い自我を守る心理

40代女性のAさんは、幼い頃から「可哀想なお母さん」を励ますために明るく笑顔でいることを覚え、その明るさが職場でも家庭でも「ムードメーカー」という評価につながっていました。一見すると悩みのない幸せな人ですが、ご本人は深い苦しさを抱えていました。この明るさは、メラニー・クラインの愛着理論でいう妄想分裂ポジションから抑うつポジションへ進む過程で、耐えがたい心の痛みを避けるために働く「躁的防衛」という防衛機制です。まずはAさんの事例から、その仕組みを読み解いていきます。

40代女性Aさんの事例|「可哀想なお母さん」を励まし続けた子ども時代

Aさんは会社で事務職をしています。職場では場を和やかにするムードメーカーで、後輩にも頼られる存在です。家庭でも常に笑顔を意識し、子育てのためにも「明るい私」を演じてきました。

職場で笑顔のAさんと、心の中で本当はつらいとつぶやくAさんの対比イラスト

そのAさんがカウンセリングの現場で語ったのは、次のような言葉でした。

Aさん

子どもの頃からずっと、可哀想なお母さんを励まさなきゃと思って生きてきました。学校でつらいことがあってもお母さんを心配させないように明るく振る舞い、笑顔でいると周りの大人が褒めてくれる。笑顔でいなきゃと思うことで、つらい気持ちを誰にも話せなくなってしまいました。今でも悲しみがやってくると「そんなこと思っちゃダメ、明るく笑顔でいなきゃダメ」と自分に言い聞かせてしまう。それがつらいんです。

→ 明るさや笑顔は、Aさんが幼少期に身につけた「生き残るための戦略」でした。

その戦略は確かにAさんを助けてくれましたが、同時に、自分の感情に向き合うことや本音を語ることを困難にさせていました。

躁的防衛とは:脆い自我を守る防衛機制

Aさんのように、悲しみや無力感を直視せず、明るく前向きなキャラクターで乗り切ってしまう。この心理を理解するためのキーワードが「躁的防衛」です。

躁的防衛とは

躁的防衛は「防衛機制」と呼ばれる心のメカニズムの一種です。躁の状態、つまり明るくてポジティブな状態を使うことで、脆くて弱い自我を守っている状態を指します。

では、なぜそうした防衛が働くのでしょうか。その理由を読み解く鍵が、愛着理論の「抑うつポジション」という考え方です。

妄想分裂ポジションと抑うつポジション

抑うつポジションは、愛着理論で有名なメラニー・クラインが提唱した概念です。躁的防衛、つまり「明るい私」を演じる状態は、この抑うつポジションという耐えがたい心の痛みを避けるための戦略にあたります。

クラインの愛着理論によれば、人は心の発達の中で2つのポジションを行き来します。

良いお母さんと悪いお母さんが分裂した状態から、1人の中に同居する状態への移行を矢印で表した2段階の発達図

①妄想分裂ポジション(赤ちゃんの時の状態)

赤ちゃんはまだ心が未発達なため、良いお乳をくれるお母さんは「良いお母さん」、そうでないお母さんは「悪いお母さん」となり、同じ人の中に両方が同居していることを認識できません。これが妄想分裂ポジションです。乳幼児に多く見られますが、心が未成熟な大人にも見られます。

このポジションにとどまった大人は、他人や自分を良い・悪いと極端に分けます。さっきまで100%良い人だったのに、少し嫌なことがあると途端に全部悪い人になる。白黒思考が強い人には、妄想分裂ポジションが残存している可能性があります。

②抑うつポジション(愛着が健全に育つと進む段階)

1人の人の中に良いと悪いが同居していると受け入れることは、痛みを伴います。100%良いお母さんという幻想が打ち破られるためです。

身近な例で考えてみましょう。憧れていた会社の先輩に告白して付き合えることになり、有頂天になっていた。ところがしばらく付き合ううちに、食事のし方が汚い、ケチでいつも割り勘を言ってくるなど、イメージと違う行動が見えてきます。理想の王子様だった人が、欠点も含めた1人の人間になっていく。100%の理想は幻想であったと知り、現実を受け入れていく段階が抑うつポジションです。

当然ながら、現実を見たくない、直視したくないという痛みが伴います。それでも抑うつポジションに進むことは、人間関係を深め、自分を統合していくために必要なプロセスとされています。

第2章:抑うつポジションで感じる3つの痛みと躁的償い

躁的防衛は、抑うつポジションで生じる3つの痛みに耐えられず、ポジティブさで乗り切ろうとする構造から生まれます。そのため、痛みの中身を具体的に知ることが理解の近道になります。この章では3つの痛みを整理したうえで、痛みに耐えられないときに起こる躁的償いを、恋人・親子・夫婦の事例から見ていきます。

抑うつポジションで感じる3つの痛み(自分の攻撃性・失望と喪失感・修復できない不安)を表した囲み枠アイコン図

痛み1:自分の攻撃性に気づく痛み

抑うつポジションとは、幻想が打ち砕かれた現実を見た状態でもあります。理想と違うものを目にすると、人は「なんでそうなの?」「もうやめて」と、愛する人を攻撃して傷つけたい気持ちが湧きます。そして、その自分の気持ちに、自分自身が傷つきます。

これは、自分は優しくありたいと願う人にとって非常に苦しい体験です。「本当は自分が愛する人を傷つけたいと思っていたなんて耐えられない」という痛みが生じます。

痛み2:愛する人が完璧ではないという失望と喪失感

これまで「良いお母さんは完璧である」というイメージを、悪いお母さんを排除することで守ってきた。それなのに、両者は実は同じ人であり、完璧で良いお母さんなどいなかったと知る。これは大きな悲しみになります。

「私を守ってくれるはずの存在が、時に私を傷つける」という現実は、安心の源を失う恐怖と、深い喪失の悲しみを伴います。同時に、理想のお母さんを奪われたような怒りも湧いてきます。

先ほどの例で言えば、憧れの先輩とやっと付き合えて、ご飯の食べ方が汚いことは我慢できた。しかし彼が浮気していたとなれば話は別です。理想の彼ではなかったという失望と喪失、そして大きな怒りが押し寄せます。これが2つ目の痛みです。

痛み3:関係性を修復したいけどできないかもという不安

理想が打ち破られて現実を見たとき、人は「自分は心の中で相手を傷つけたり罵ったりしてしまったけれど、もう一度つながり直したい」と考えます。しかし同時に、「相手から拒絶されるかもしれない」という不安がつきまといます。

理想通りではない現実の相手を受け入れるには、自分の弱さや傷つきやすさを認め、開示していくことが必要です。ところが自分自身が不安定であるほど、理想が破られた現実をそもそも見たくありませんし、自分の弱さや心の傷を直視することにも耐えられません。これが抑うつポジションの大きな痛みです。

健全な関係を築くには、自分の理想を押し付けたり妄想で付き合うのではなく、現実の相手を見る必要があります。そして本当の現実を見たときに、この3つの痛みがやってきます。

躁的防衛と抑うつポジション

3つの痛みに耐えられないほど心が不安定だったり、周りに安全な関係性がなかったりすると、人は痛みから逃れるために心を防衛し始めます。これが躁的防衛です。

現実を見た悲しみを抑え込み、表面的に笑顔で「何でもないわよ、ポジティブポジティブ」と明るく振る舞う。あるいは、落ち込む暇もないほど予定を詰め込んで、痛みを感じることを避ける。こうした形で現れます。

ここまでの流れを整理すると、次のようになります。

現実を見る→3つの痛み→向き合えば心の成長/避ければ躁的防衛にとどまる、という分岐フロー図

躁的防衛が生まれるまでの流れ

  • 心が未成熟な状態では、妄想分裂ポジションから始まり、良いあなたと悪いあなたを完全に分けて理想で突き進む
  • 現実を見ると理想が打ち破られ、3つの痛みがやってくる(抑うつポジション)
  • ここで向き合えば、次の健全な状態へ進む
  • 痛みに耐えられない場合、「本当の感情を感じたら自分が壊れる」と感じ、明るさを使って直視しないようにする(躁的防衛)

明るい私でいるのに苦しいのは、本来なら向き合って次の段階へ進めるはずの場所に、留まり続けているためです。

躁的償い|早急な関係修復で痛みから逃げる心理

3つの痛みを避けるために、「躁的償い」が起こることもあります。本当は納得していないのに、笑顔や物・お金、正当化の言葉を使って、早急に関係を修復したフリをすることです。ここからは代表的な3つのパターンを見ていきます。

躁的償いの事例1:恋人との喧嘩を笑顔でごまかす女性

20代の女性は、恋人と喧嘩をした直後、すぐに笑顔で「もうごめんごめん、私が悪かったから。ほら、仲直り」と言ってスキンシップをします。しかし本心では、まったく納得していません。

20代女性(口に出す言葉)

もうごめんごめん、私が悪かったから。ほら、仲直り!

20代女性(本心)

……本当は全然納得していないし、まだ怒っている。

→ 怒っている自分の感情に向き合うことを避け、明るさで「仲直り風」に演出しています。

ご本人は上手くやれている、関係性は良いと思い込んでいますが、自分の痛みからも相手の痛みからも逃げているため、本当の親密さには進んでいきません。

躁的償いの事例2:物やお金で解決しようとする母親

ある母親は、自分の子どもに厳しくしすぎているとどこかで罪悪感を感じています。一方で「厳しくしつけをするのが親の役目だ」とも考えています。

母親

もう済んだことでしょう。お小遣いをあげるから、これで何か買いなさい。

母親(心の声)

そんなの誰だってやるでしょう。私なりにやってきたし、あれは子どものためだった。

→ 理屈で正当化することで、自分が子どもに与えた痛みを直視しないまま「もう償った」ことにしています。

躁的償いの事例3:モラハラ発言を「冗談だから」と正当化する夫

モラハラ気味の夫は、発言のあとに必ず「あれは冗談だから」「そんな細かいこと気にするなよ」と笑って済ませようとします。

まだ怒っているの? もう終わった話だろう。

妻(心の声)

傷ついた気持ちは、まだ何も受け止めてもらえていないのに……。

→ 妻の心の痛みと自分の罪悪感を回避するために、「もう償ったこと」にして向き合うのを避けています。

特にこの夫には、支配と万能感を使って関係性を管理したいという欲求が見てとれます。妻が悲しんでいると分かっていても、心から謝罪すれば自分が下に見られる。それに耐えられませんし、下になれば関係性を管理できなくなるという恐れもあります。そのため「あれは俺も悪かったけど、もう済んだことだろう」と圧をかけ、元通りに見せかけようとします。

躁的償いとは|抑うつポジションの痛みから逃れるための防衛

3つの事例に共通しているのは、一見ポジティブで仲直り風の行動が、実際には感情の回避や支配的な関係性の維持に使われている点です。この章では、躁的償いが日常の言葉の中にどう紛れ込んでいるのか、そしてそれを続けると何が起こるのかを整理します。

躁的償いは、世間に溢れている耳ざわりのよい「許し」の言葉にも含まれています。「相手を許して軽やかに生きよう」「怒りを手放そう」といった言葉は、一時的に気持ちを軽くしてくれます。しかし、自分の感情と向き合うプロセスを経ていない早急な許しは、本当の癒やしを妨げる可能性があります。

躁的防衛としての「許し」に表れやすい言葉

  • 「もう過去のことは忘れました」
  • 「過去にこだわるのは未熟な証拠です」
  • 「あんなことは忘れて次に進もうよ」
  • 「もうあれは何でもないんだから忘れなさい」

こうした表面的な解決が危険なのは、本当は悲しかったのに、本当は悔しくて怒っていたのに、それを心の中に封じ込めてしまうためです。時間が経っても、つらかった体験はそのまま残っています。やがて悲しみや苦しみを感じるように体が表現し始めて身体症状が出たり、対人トラブルのもとになることは少なくありません。

躁的防衛のもう一つのパターンが、「許す私は高次の存在なんだ」という優越的な思考です。高次の存在になりきることで、本来向き合うべき感情を見ないで済ませてしまう構造です。

早急な許し(躁的防衛)と、感情に向き合った後の許しの違いを比べた比較表

  早急な許し(躁的防衛) 感情に向き合った後の許し
感情の扱い 怒りや悲しみに蓋をして封じ込める 怒りや悲しみを感じ切ってから手放す
口ぐせ 「もう過去のことは忘れました」 「あのときは本当に悲しかった」
相手との距離 表面上は元通り。本音は話せない 弱さも開示できる親密な関係になる
その後に起きること 身体症状や対人トラブルとして再燃する 同じ問題を繰り返さなくなる
たどり着く場所 「許した私」という理想像にとどまる 「許す必要さえなかった」という境地

本来、目を背けなくても感情に向き合う術はあります。そして向き合ってしまえば、「許す」「許さない」を超えた「許す必要さえなかった」という境地にたどり着きます。ここに本当の成長がありますが、痛みを避け続けると、いつまでも妄想分裂ポジションに留まります。幻想だらけの世界に住み、本当のことが分からないまま感情をごまかして生きることになるのです。

向き合わずに解決したフリを続けると起こること

  • 相手のつらさや弱さが許せなくなる
  • 「そんなこと言ってたら運気が下がるよ」「笑って笑って」とポジティブを強要してしまう
  • 周囲から「あの人には本音が話しづらい」と思われ、表面だけの関係になる
  • 薄っぺらい関係がいくつあっても「みんなといてもなぜか虚しい」と感じる

自分自身がつらさや悲しみを明るさでカバーしている以上、相手から「悲しい」「苦しい」と打ち明けられることには耐えられません。その結果、深い絆でつながることが妨げられていきます。

クラインの愛着理論から分かるのは、成熟するとは、痛みを受け入れる心の姿勢ができることでもあるという点です。抑うつポジションという避けたい体験や感情にとどまることを経てしか、心は成長しません。過剰なポジティブ、万能感、理想化、支配。これらはすべて、現実に向き合う痛みに耐えられないときの回避策です。

もちろん、痛みに向き合えずに強がってみたり、明るく振る舞って時が経つのを待つことが必要な場面もあります。そうやって心を守らなければ壊れてしまうからこそ、防衛は働きます。問題は、大人になってからも感情に向き合うことを避け、躁的防衛ばかりを使い続けてしまう場合です。心が成熟しないまま幼い状態にとどまるため、問題は繰り返され、年齢を重ねるごとに人生の課題が山積していきます。

では、躁的防衛を使ってしまうのは、個人だけの問題なのでしょうか。次章では社会的な背景を見ていきます。

第3章:明るさが良しとされる社会的土壌とSNSが強める「躁的防衛」

現代社会では、明るくて元気な人、ポジティブな人が良しとされます。SNSでも、暗い愚痴の投稿にはあまり「いいね」がつかない一方、「つらいことがこんなにあったけれど私は頑張っています」という投稿には多くの反応が集まります。この空気感が、「いつも明るく元気で笑顔な私」をどこか脅迫的に刷り込んでいる可能性があります。ここでは、SNSが躁的防衛を強める仕組みと、対人支援職に生じやすい認知的不協和について見ていきます。

SNSと躁的防衛の関係|「乗り越えた私」がいいねを集める理由

本当はつらいのに「ポジティブ! ポジティブ!」「私はついてる!」と暗示をかけ、感情を感じることを避ける人がいます。表面的な言葉で上書きすることや、償ったフリ・乗り越えたフリが躁的防衛であることは、ここまで見てきた通りです。

スマホ画面の「乗り越えた私」の投稿と大量のいいね、その裏で疲れた表情の人物を描いたイラスト

SNS時代には、これに加えて「つらいことを乗り越えた私像」を作りやすいという特徴があります。「つらいことを乗り越えました」と投稿すれば「いいね」がたくさんつく。そのSNS上の理想的な私に逃げ込むことで、抑うつポジションを避けるということが起こり得ます。

「自分はもう大丈夫だ」というところに早く逃げ込みたいというナルシスティックな自己回復願望を、SNSが発達した今の時代は上手く叶えてくれます。インターネット上に作った虚構の自分こそが本当の自分だと思えれば、自分の痛みに向き合わずに済むためです。

対人支援職に起こりやすい認知的不協和とは

虚構の自分と本当の自分が剥離して分からなくなる現象は、対人支援の仕事をしている人の中にも稀に見られます。

外側の役割である強く明るい支援者と、内側の繊細で傷ついた本当の自分とのギャップを表した対比イラスト

仕事として対人支援をするということは、しっかり者の自分、強くて明るい自分でいなければならないという役割にはまっていくことでもあります。本当の私は心が傷ついていて繊細で内向的なのに、外的な役割として「強くて明るい私」を何十年も続けていると、そこに「認知的不協和」という違和感が生じます。

認知的不協和が生まれる理由

この現象が起こりやすいのは、幼少期にお母さんから「怒っちゃいけません」「いつも笑顔でいなさい」「迷惑をかけてはいけません」と言われ続けて育った人です。すると「良い人でいなければ嫌われる」「人の役に立たなければ価値がない」と考えるようになり、人から求められる仕事上の役割に自分を寄せていこうとします。

仕事上の役割によって能力が大きく伸びることもあるため、それ自体は悪いことではありません。問題は、そこに自分の心が置き去りにされたままだと、しんどさが続いてしまう点です。

同一視という防衛機制による回避

人はこの認知的不協和を解消しようとして、「私はもうあの体験を乗り越えている」と思い込み、外側の役割と自分を一致させようとします。さらに防衛機制の同一視が起こると、高次な存在と自分が一体化することで、本来向き合うべき問題から目を背けてしまうこともあります。

こうした状態は、次のような言葉で表現されることが多くあります。

躁的防衛が働いているときによく語られる言葉

  • 「あの人のことを許したはずなのに、なぜ苦しいんだろう」
  • 「どうして問題が繰り返すんだろう」
  • 「今はこんなに幸せなはずなのに、なぜ満たされないんだろう」
  • 「こんなに必死で頑張ってきているのに、どうして今でも苦しいんだろう」

本当の問題に向き合わないまま、違う方法で幸せを探しに行っている状態のため、うまくいかない原因に気づけません。しかも、「明るい私」でいることで問題を避けていたとは、本人ですら気づけません。無意識で行われることこそが、防衛機制の特徴だからです。

躁的防衛や躁的償いは臨床で頻繁に見られます。支援に携わる方は、見抜けるようになるためにも、まず自分自身から点検してみてください。

第4章:障害受容の5段階から見る躁的防衛

人が悲しみや苦しみを乗り越えていくステップを知ると、躁的防衛がなぜ人の成長を妨げるのかがより明確になります。ここでは「障害受容の5段階」に沿って、躁的防衛がどの段階で足を止めてしまうのかを確認します。

ショック期・否認期・混乱期・努力期・受容期の5段階を横並びで示し、否認期に躁的防衛で足止めと注記したステップ図

①ショック期

自分の理想が打ち破られた現実を見て、まずショックを受ける段階

②否認期

現実を認めようとせず、「そんなの違う」「嘘だ」と否定したくなる段階

▲躁的防衛はここで足止めになる

③混乱期

怒りや悲しみ、抑うつなど、さまざまな感情が入り混じる段階

④努力期

理想通りではない現実を受け止め、前向きに生きようと努力する段階

⑤受容期

現実を自分のものとして前向きに捉えられるようになり、心が成長していく段階

躁的防衛は、2段階目の「否認期」に理想や幻想を使って、無理やり目を逸らしている状態だといえます。3段階目の混乱期にやってくる怒りや悲しみ、抑うつに耐えられないためです。

このステップが示しているのは、人はそれほど弱い存在ではないという事実です。心が順調に成長していけば、現実を受け入れて愛し、適応し、さらに自分で幸せを作ることができます。それにもかかわらず、2段階目で自分の足を止めてしまっている状態です。

プロセスが進まないため問題は解決せず、歳を重ねるごとに人生の課題が山積し、身動きが取れなくなっていきます。

第5章:躁的防衛を手放し本当の大人へ成長する視点

ここからは解決の視点を見ていきます。出発点となるのは、「本当はつらい」と認めることが弱さではなく強さだと知ることです。そのうえで、痛みに向き合うために必要な3つの条件と、それによって築ける対等な人間関係について確認します。

つらい私を認めることは弱さではなく強さである理由

自分の中にまだ悲しみがある、あの人を許せない私がいる。そう認めるのはつらいことです。しかし、そうやって表現できることは、抑うつポジションにとどまる意思と強さの証です。自分の心の痛みに向き合うと決めること。それが最初の一歩になります。

一度決めても怖くなったり、また乗り越えたフリをしたくなったり、理想の自分に逃げ込みたくなることもあるでしょう。そうなったときは、自分に次のように問いかけてみてください。

  • 本当は私はどう生きたかったのか
  • どんな感情を感じて生きていきたいのか

つらい感情を見ないまま明るい私で過ごしていても、どこかに虚しさや寂しさがつきまといます。本当の安心感や、感謝や愛を感じて生きていきたいのであれば、向き合うと決めた方が話が早いのです。

そこまで決められたなら、それは乗り越える力があるということでもあります。

躁的償いという早急な関係修復は、終わったことにしたり感じないことで苦しみに耐える戦略です。そのため、人生のエネルギーがずっと「耐える」ことに注がれ、本来の力が出てこなくなります。一方、本当に回復した人は、過去のさまざまな苦しみを感じ切り、自分の人生に統合して落ち着き、軽やかに生きています。向き合うと決めればプロセスは進んでいきますから、怖さは一瞬です。これまで耐えてきた人生の長さを考えれば、必ず乗り越えていけます。

自分に向き合うために必要な3つの条件

とはいえ、1人きりで抑うつポジションに向き合うのは大変です。そこで、次の3つの条件を整えておくことをおすすめします。

安全な環境・時間がかかることを認める・自分に共感して感情を許可する、という3つの条件を示したチェックリスト図

①安全な環境

自分が不安定な状態で、怖いことに向き合うのは無理があります。だからこそ、感情をそのまま表現しても安全だと思える場が必要です。私たちのスクールは感情に特化しているため有効ですが、心を許せる友達や家族といった安全な環境も助けになります。

②時間がかかることを認める

躁的償いで乗り切ってきた人は、つらいことを早く終わらせたいという欲求が強い傾向があります。しかし実際は逆で、自分の感情にしっかり時間をかけて向き合うことにこそ価値があります。

取り組む期間ずっと苦しいということはありません。1つ向き合うたびに成長し、次の課題を乗り越えるたびにまた成長する。この成長のプロセスを楽しむ姿勢が大切です。

③自分に共感して感情を許可する

3つ目は、自分の感情を否定しないという心の姿勢です。「私は怒ってもいいし、まだ悲しくてもいいし、弱さを出してもいい」と、自分に許可を出す視点を持ってみてください。

この3つの基礎があり、正しいプロセスを経ると、心は着実に成長していきます。自分の怒りや悲しみに向き合うことをすっ飛ばして、人生を先に進めることはできません。

正しいコミュニケーションで人生を豊かにする

自分に向き合っていくと、いつの間にか楽になっていたり、「朝こんなに気持ちよく目覚めるのか」と驚いたり、ずっと自分を責めていた声が静かになって「こんなに世界は平和だったのか」と気づいたりします。

我慢して距離を置く関係と、違いを価値として受け止める対等な関係を並べた比較イラスト

人間関係も同じように変わっていきます。相手と意見が違っても、その違いさえ愛おしく、違いこそが価値だと分かるようになるためです。すると相手を否定したり決めつけたりせず、あるがままの相手と新しい関係を作る力が芽生えてきます。相手と対等であるというコミュニケーションなしに、親密な関係は作れません。

相手の嫌なところに目をつむり、我慢して心の距離を置いてなんとなく過ごす。これは非常に距離の遠い関係で、夫婦であれば仮面夫婦のようになっていきます。そうではなく、目の前の人ときちんと親密な関係を築いていくことは、自分次第で十分に可能です。

そのためには、まず自分が十分な大人になること。抑うつポジションに耐えられる自分になり、正しいコミュニケーションを重ねていくことで、人生は豊かになっていきます。かつては相手の嫌なところを見ないようにしていたところから、「相手の嫌なところにこそ価値がある」と分かるようになる。それを全部受け止められれば相手も心地よく、成長して社会で活躍することもあるでしょう。いわゆるアゲマン構造です。

私たちが目指す場所は、ポジティブになることではありません。傷を含んだ自分を知り、徹底的に癒やして本当の自分になり、良いも悪いも含めたこの自分とこの世界を愛する能力を育てていくことです。ポジティブにも良い面と弊害があり、ネガティブにも良い面と弊害があります。陰陽図のようにその両面が分かり、全部を受け取れる自分になる。自分も信じられるし、良いも悪いもあるあなたも信じられる。それが、本当の豊かさを受け取る器ができたということなのではないでしょうか。

まとめ:無理に明るくする必要はない

本当は心の中で泣きたいのに、いつも笑顔を作って人を楽しませ、「悩みなんてないでしょ」と言われる。そういう方は優しくて面倒見が良く、自分のことを後回しにしてしまいます。傷だらけの心を抱えながらも人を思いやれる、それだけ強い人なのですから、無理に明るくする必要も、無理に元気を装う必要もありません。

笑顔で頑張ってもなぜか苦しい、ずっとしんどい。そのやり方で解決しないのであれば、違うやり方をする必要があります。「人生は我慢の連続だ」「耐えることこそが愛だ」という言葉は、嘘である可能性が高いのです。

つらい現実があるならば、それを作ってしまう原因が必ずあります。理由も分からないまま自分だけが被害を受け続けている、ということはありません。すべてを見ていくことで自分の力が取り戻され、成長することで、同じことで二度と悩まない自分へと変わっていけます。

自分が何を信じ、どう生きたいかは、今この瞬間からでも決められます。その生き方が叶えられないのであれば必ず原因があり、原因があるならば解決策も同時に存在します。ですから、心配することはありません。

この記事のポイントふりかえり

  • 躁的防衛は、明るさやポジティブさで脆い自我を守る無意識の防衛機制
  • 抑うつポジションでは「攻撃性」「失望と喪失感」「修復できない不安」の3つの痛みが生じる
  • 笑顔・物やお金・正当化で早急に関係を修復するのが躁的償い
  • SNSや職業役割が「乗り越えた私」を作りやすくし、躁的防衛を強めることがある
  • 安全な環境・時間・自分への共感があれば、痛みに向き合いながら成長できる

目指すのはポジティブになることではなく、良いも悪いも含めた自分を受け取れる器を育てることです。

映像でさらに理解を深めたい方へ

今回ご紹介した「躁的防衛」は、YouTubeチャンネルでも詳しく解説しています。具体例を交えてお話ししていますので、復習やながら聴きにぜひご活用ください。

よくある質問(Q&A)

躁的防衛とはどのような心理状態のことですか?

本当はつらいのに、明るさやポジティブさを使って脆い自我を守ろうとする心の防衛機制です。理想が打ち破られた現実を受け入れる痛みに耐えられないとき、無意識に働きます。ご本人は「自分は前向きに乗り越えている」と考えていることが多く、防衛が働いていること自体に気づきにくいのが特徴です。

躁的償いとは何ですか?

本当は納得していないのに、笑顔や物・お金、正当化の言葉などで早急に関係を修復したフリをすることです。喧嘩の直後にすぐ笑顔で「私が悪かった」と言う、子どもにお小遣いを渡して済ませる、「あれは冗談だから」と流すなどが典型例です。相手や自分の心の痛みに向き合うことを避ける行動の一つといえます。

明るく振る舞うこと自体は悪いことですか?

明るさやポジティブな態度そのものは悪いことではなく、一時的に心を守るために必要な場面もあります。強がってみたり、明るく振る舞って時が経つのを待つことは、心が壊れないために必要な働きだからです。ただし、大人になってからも長期間にわたり本当の感情を封じ込め続けている場合は、問題が繰り返される原因になり得ます。

一人で抑うつポジションに向き合うのは難しいのですが、どうすればいいですか?

感情を表現しても安全な環境を持つこと、向き合うには時間がかかると認めること、自分の怒りや悲しみに共感し許可する心の姿勢を持つことが大切です。一人きりで抑うつポジションに向き合うのは負担が大きいため、心を許せる友達や家族、信頼できる専門家に頼ることも有効です。

躁的防衛と単なるポジティブ思考はどう違いますか?

ポジティブ思考は現実を受け止めた上で前向きに捉える姿勢であるのに対し、躁的防衛は痛みを感じないよう現実そのものから目を逸らす防衛機制です。表面的には似て見えても、感情を感じているかどうかが大きな分かれ目になります。「もう終わったこと」と急いで蓋をしている感覚があるなら、躁的防衛が働いている可能性があります。